月別アーカイブ: 2011年3月

壊れた・・・iPod


こんな日が来ることはわかっていた。でも、ついにその日が来てしまうと、悲しくて立ち上がれない。64GB のiPod Classic とは長い付き合いだ。出会ってから、iPod 一筋に生きてきた。だから、所有していたCDは、すべて図書館に寄付してしまった。64GB の中にすべてが収められていたんだ。

だけど、もう、動かなくなってしまった。iTune があるから大半の曲はまだある。でも、大ちゃんにもらった曲とか、もう、聴けないんだろう。だからといって、聴いているわけでもないけど。妹のNano がまだいるけど、すべての曲を収められるわけではない。だから、今考えてる。iPod また買う?こんなにiPad が騒がれている時に、iPod?目的ぜんぜん違うから、いいんだと思っても、ちょっと悩むかなな。

そこで、Appleのサイトに行ってみた。そうしたら、なんとSongs for Japan なんて特集が堂々とHPに登場している。どんなに小さいことでも、ありがたい。ましてや、Appleサイトまで応援してくれている。人の心に触れることができる時って、やはり生きていてよかったと思えるときだ。このアルバムの収益金はすべて日本赤十字に行くことになっている。iPod は壊れているけど、このアルバムは買ってしまった。あと少し我慢して、その分、寄付しよう。どうせ、iPad だって2-3週間待たなければいけないようだし、本当に少し我慢すればいいだけのことなんだ。

ああ、そういえば、TEDのプレゼンの中の一つ、Ge Wang さんの Smule も少し感動した。勿論、彼のアイディアや活動にも刺激をうけたけど、それがそのまま世界に一瞬にして広がるものすごいエネルギーを持っていることにも脅威を覚えた。彼のiPhone のアプリの一つ、ライターは、地震直後に世界中に広がったんだ。それが直接救済につながるわけではないけど、人の心が地球レベルで動いたってこと、すごくない?

ついでに書いてしまうと、TEDで高校生と話ができた。彼の腕にはミサンガがたくさん結ばれてあったから、つい話しかけてしまったわけ。一つ一つ説明してくれた中に、まだ綺麗な赤いミサンガが混じっていた。13歳の妹がつくったんだって。彼女はそれを友達にわけたり、売ったりして、日本の地震災害の寄付にしているんだって。日本人とは程遠い容貌の彼の、しかも13歳の妹が、そんなことをしている。なぜ・・・?とか考える前に純粋に祈りを込めて作る姿が目に浮かんで、もう、涙ウルウル、感動してしまった。世の中、捨てたものじゃないんだ。美しい心を持っている人達はたくさんいるよ。だから、きっと大丈夫。私の腕にもゆきちゃんにもらったミサンガ、ばんちゃんに結んでもらったミサンガがついている。ときどき見ては、触っては、祈る。そして、それがなぜだろう。力になって帰ってくる。疲れていても、もうちょっと頑張ろうって、元気がでてくるようだ。単細胞の私であることは十分承知しているけど、こんな風に単純に元気もらえるなんて、私ってついてるね。

記憶に留めておきたい週末


刺激こそが私の糧だ。そして、土曜日の TED は私を再び新しいレベルへと導いてくれたようだ。
朝起きられなかったので午後から参加。すでにすばらしいプレゼンについてみんなの顔が興奮しているのがわかった。そんな中に、しかも知らない人達の中に入っていくのは少し勇気のいることだったけど、何か新しい発見を求めている人達は、気軽に話を広げてくれるんだね。
10代の男の子達から、40代の人々、プレゼンをしてくれた人達とも話す機会ができた。
また、参加したい。今度TEDが来る時は、きっともっと自分も成長していよう。
具体的な事を書き始めると夜が明けてしまうから、やめておく。でも、この興奮だけは書き留めておくぞ。

TEDの後、レセプションを断って帰ってきた。ばんちゃんのお兄さんご夫妻がLAから来ていた。奥さんの誕生日のお祝いをするためで、夕食をご一緒することになっていたからだ。お兄さんはUCLAのコンピュータラボのマネージャをしているらしい。奥さんのシェリーはアメリカ文学と哲学を専攻して、本を一冊書いているとか。あまり失礼のないように、でしゃばって話し過ぎないように、なるべくおとなしくしていた。とはいえ、ばんちゃんから後で、「あれでおとなしくしていたの?」というコメントをもらってしまった。だって、私だけが新参者で、初めて会う人々だから、興味の対象はどうしても私に集中するでしょ~?シェリーの誕生日だから、私としては彼女を盛り上げようと努力したつもりだったんだけど。

でも、夕食の後はとりわけいいムードで過ごせたと思う。無理言って昔のアルバムを探し出してきてもらって、みんなで見ることができたからだ。お兄さんのマークとはすっごく中が悪くて、ほとんど話すこともないとばんちゃんは言っていたけれど、アルバムを一緒に見て、昔話に花が咲いて、すごくなごやか。みんなで笑って、しかも私にも気を使ってくれて、気持ちのいい、落ち着ける時が流れたと思う。お母さんの家を出た後のばんちゃんのコメントはうれしかった。私の存在は家族みんなにすごくいい影響を与えてくれたって。そういえば、お別れの時、普通にハグをするものと思っていた私は、みんなにハグし始めた。でも、あまりハグをしない家族のようで、私がしたんだから、じゃあ・・みたいな感じでお互いしあっていた。マークとばんちゃんは、握手ねと言って照れながらしていたようだ。握手すらしなかったんだって。うれしい。ところで、昔のばんちゃんは信じられないほどの美少年だった。。。修道院の坊さん崩れ風の今の方が、私としてはやはり落ち着く。年取ってくれて、よかった。

この週末は、いろいろな意味で、一つの分岐点だったように思う。本当にいろいろな事があったんだ。ここまで凝縮していろいろ起こってくれると、人生って面白いんだねって、つくづく思える。金曜の夕方に、まず一つの重要な事に決着をつけた。安堵。夕食はばんちゃんが定番料理を作ってくれた。そして、その後、まさに予定外のこと、彼にとっての究極のコアの部分についての話をする事になるとは、まったくの想定外、驚きだった。

少なくとも今は、私たちの会話は止まることを知らないかのように、ありとあらゆる事に話題が流れ、時間がいくらあっても足りない。私の質問に誠実に答えてくれるばんちゃんがいて、それを面白がる私がいたりするから、永遠に話がつきないのかもしれない。そんな中で、聞きにくいことをサラリと聞いてしまった。そして、ものすごいためらいの元、彼は誰にも話さないでそのまま死んでいこうと決意していた事まで話すことになってしまった。

さあ、そこからが大変だった。当然私のショックは大きくて、叫びの声、心臓バクバク、足をバタバタさせた後、10個ぐらいの新たな質問がガンガンと頭の中をよぎり、私の好奇心はブレーキのないジェットコースターのように直球で投げ返されていた。。。!

結論、そういう質問も真摯に受け止め、対応してくれた彼はまじめな人だった。だから、私もそれを受け止めた。これでようやく引っかかりのあった部分、謎が解明された。これで、すべてのパズルが収まるところに収まって、全体像が見えたようだった。彼がまるで違って見えてきた。でも、反面、彼との距離がぐっと近づいたこともたしかだった。隠すことはもう、何もない。そんな思いがあるせいか、気のせいか、彼の振る舞いはもっと自然になり、私を大切にしてくれていることがすごく伝わってきた。

それで、私は・・・と考えた。私の秘密・・・あまりないことに気づいてがっかりする。だから、普通の人が聞いたら目を丸くして気絶するぐらいの、巨大な借金の数字を見せてみた。でも、それほど驚いている風でもなかった。私のようにジタバタすることなく、冷静な質問が飛んできた。頼もしい。

そんな重要な出来事があったのに、日曜日は軽い山登りもして、花屋さんで桜、桃、梨、りんごなどの木の研究をして、ひゅ~、この週末は目いっぱいいろいろな事があったね。と結論付けていたら、ダメ押しにもう一つ。もう10年以上も会っていない古い友人から、電話あり。そんなこんなで、本当にビッチリ時間を使った週末だった。明日も、こんな風に過ごせたらすごいね。

ミサンガ


ユキちゃんにもらったミサンガ。今願いを込めて結びたい。今度ばんちゃんに会った時に、つけてもらおう。

Wikipedia の説明では、紐が自然に切れたら願いごとがかなうという縁起担ぎとか。
 色によって叶う事が違うとか。

黄色→知識・知性・成績UP
青→仕事・就職関係
オレンジ→人間関係・友情
赤→恋愛・出逢い
白→健康・病気・怪我の改善
緑→金運・収入UP

 日本人らしいね。それはどうでもいいことで、気持ちを込める所に自分で意味を見出せればそれでいい。だから、今こそ震災に遭われた人たちの無事と、日本の復旧のめどが早く立つように、願いを込めてつけよう。

こっちのミサンガは、ばんちゃんと一緒に付けたいと、ユキちゃんにお願いして作ってもらった。まだ使いたくない。 私の願いがもう少し見えてきたら、ばんちゃんと一緒に結びたい。

2月に日本に帰った時に、すごく感じた。川端康成のノーベル文学賞、授賞式の時に読まれた講演文、「美しい日本の私」がサラサラと、感覚の川となって流れていた。そして、今回の大地震で、30年も前に読んだものを、再びぼんやりと、でも、しみじみと思い浮かべた。残念だけど、具体的な文章ではなく、概念しか思い出せない。でも、彼の「わび、さび、幽玄」についての比喩は、日本人には理解できるものだ。

小さな、簡素な茶室。そして、そんな中に一輪の花。しかもまだ蕾のままの花。そこにこそ、無限の広さや美しさを見出すことができる。それが日本人であり、日本の文化。命の行く末を、死後の世界も含めて見つめているような彼の世界は、時を超える。そして、そんな精神世界は宇宙そのものと合体する。もしかしたら、日本文化そのものが抽象画なのかも知れない。

日本全土で苦しみに耐えている時。心の余裕がなくなるとお互いに気を使う余裕もなくなってくる。それでも、お互いに声を掛け合っている人々がいる。世界の人達の真心が、集まってきているよ。苦境の中で見出せる人の思いやり。ずっしりと心を動かされる。だから、できるよね。大丈夫だよね。

いつまでも残しておきたい、日本の美しい文化。遠いこの地にいるからこそ、見える。そんな日本を恋しく想う。きっと更なる美しさをもって立ち直ってくれることを願って、今、ミサンガを結ぼう。

大ちゃんが来た


また、頼もしく成長している姿が見られた。すごくうれしい。
ばんちゃんと3人でお昼を食べて、少し過ごして、雨の中を帰っていった。
もっと一緒にいて、彼のあふれる元気をもらいたかったけど、雨の中の山越えを考えると早く帰ってもらいたかった。無事についたようで、Skypeがオンになったのは1時間後ぐらいだった。

ばんちゃんのお母さんと朝食を一緒に過ごした事も、書いておこう。
なんでだろう。しぐさかな、話し方かな、かわいい。
今回は絵の話になって、ピカソのキュービズムを話し始めたら、本を一冊貸してくれた。Chaim Potok という人の自伝が半分ぐらい入っている小説、My Name is Aser Lev。  
読み終わるまでに時間がかかるよと言っておいた。今晩、寝る前に少し読んでみよう。

昨日の夜はばんちゃんを日本語グループの集まりに連れて行った。カラオケにも顔を出してみた。それなりに楽しそうにしていたかな。とくに綺麗な若い女の子の前ではうれしそうだったよね。しょーがないか。

それから、Open Studios に出す作品を物色し始めた。自分の思い入れを排除して、より客観的にみていいもの、お金を出して買いたい、そして家の中に飾っておきたいと思えるもの・・・ ふー・・・ だいたい、自分の家にも飾ろうと思わないのに、そんな写真を飾りたいと思うような奇特な人がいるんだろうか。

そして、喉が痛い。すごく疲れている。風邪かも。すごくまずい。たとえ病気になっても絶対に休めない。今週は特にだめだ。今週末のTEDに行けなくなっても、がんばるぞ。

あ、そういえば、ささやかな楽しみが、早くもうばわれた。ばんちゃんにあげた例の秘密箱。2日後には、中に入れておいた巻物の内容について話してきた。え~ つまんな~い。来年の今頃の事、その時に話したい事を書いておいたのに・・・!どうやら、ルービックキューブとかも結構得意なんだって。つまらん。くやしい。もっと難しいもの、得意じゃないもの探しておかなくちゃ。

Open Studio とプレゼント


よくわかってなかったけど、参加することにした。Silicon Valley Open Studio
今日はその説明会に行ってきた。

Foothill college の写真や芸術関係のクラスの延長線のクラブを通して参加する。目的は自分の写真を展示して来ていただいた人に売ること。5月14,15日がターゲット。

まあ、そんなに売れないらしいけど、参加して、展示すること自体に意味がある。展示するためにはいろいろ準備が必要なわけで、自分の写真を選択、印刷、マット、オプションだけどフレームまで、展示会用に準備する工程を勉強できちゃう。

4月の始めには壁に展示する写真を収める必要があるから、もう、2-3週間しかない。これから写真を撮りに行ってもいいけど、1-2週間しかないから、過去に撮ったものを出品することになるかもしれない。写真の選択は難航するだろうな。
印刷は印刷屋に頼むとしたら、どのぐらい時間がかかるのか、よくわかっていない。大きさにもよるのかな。マットの仕方も知らないから、学習するか、誰かにお願いすることになるかな。いったい、値段をどのぐらいに設定したらいいのか、見当もつかない。

その他、せめて2-3枚は机の上に置く写真もあったほうがいいらしい。こんなことを総合すると、かなり気合を入れないと恥ずかしい結果になる。一つ嬉しいことに、ばんちゃんも一緒に参加する。彼も今回が初めてだけど、マットからフレームまで、一応経験しているので心強い。そうか、この春はこの展示会の準備で過ぎていくんだね。楽しい~!

さて、今日は赤十字に献金をした。焼け石に水なのはわかっている。でも、日本の地震被災者の方々に少しでも役立てていただけると信じる。そして、私の心もおちつく。

そして、もう一つ。ばんちゃんにも昨夜準備したプレゼントをあげた。案の定、彼はすっかり忘れていた。ムフフ・・・今週末が楽しみだ。どんな顔をしていることだろう。私のあげたプレゼントは勿論ユニークで、私がもらったらすごくうれしい。日本から買ってきた寄木の秘密箱、これ自体がプレゼントなのだけど、その中には、昨夜がんばって作った巻物手紙が入っている。きれいな和紙を重ねて手紙を書いた。写真を撮っておかなかったことを後悔するほど、きれいな巻物手紙。ただ、今週末になっても、きっと彼は巻物手紙を読むこともなく、それどころか、私のプレゼントを開けられない。

秘密箱は、21回もカラクリの板を動かさないと開けられないようにできている。説明図を見ないと無理かもしれない。いや、99%の確立で無理だろう。私へのプレゼントを忘れると予測できたから、来年までの悪戦苦闘の楽しみと、お預けと、両方こめて・・・説明図は箱の中に収めてしまった。ワッハッハ!来年のバレンタインデーまでに開けられたら、褒めてあげよう。これこそ、まさに、あげた方が楽しめる、究極のプレゼントだ。わーい! あ、説明書のコピーは当然作ったけど、勿論、ヒ・ミ・ツ・・・

花の季節


本当にときめいている。だって、花の季節がついに来たんだから。
そんなに花が好きでもないけど、花が咲くという概念が私をワクワクの世界へ誘う。

ということで、初めて礎という、 San Jose の友愛会の一つの活動団体なのだろうか、会のフラワーアレンジメント講習会に行ってきた。15分も遅れて行ったので、最初の説明を逃している。でも、形のあるものができて帰ってきた。土曜日の朝、花のマーケットとか、ファーマーズマーケットに行こう。その場で朝食のパンとフルーツを食べながら花を買ってきたら、すぐ活けられる。くつろぎの週末とワクワクの一週間の準備が一緒にできてしまいそう。うれしい季節がやってきた。

Filoli がとても気になる。先週の固い蕾は来週末にはきっと花を咲かせているか、あと一息ぐらいになっているだろう。きれいに咲いていたモクレンは、もう咲ききって、見栄えはあまりよくないかもしれない。梅もあると書いてあった。いろいろ気になるものがある。

昨日は、講習会の後、Stanfordに写真を撮りに行った。
ちょうど結婚式が行われていて、やはり春らしさを告げてくれていた。確実に季節は変わってきている。今日から夏時間となり、街は一気に様変わりする。

本当は少し怒っていた。1ヶ月遅れのバレンタインを昨日しようと言っていたのに、できなくなっていた。理由は3つある。すべてばんちゃんの理由。2つは十分わかる。だから、いいのだが、もう一つの理由がどうも納得できなくて、一人で怒っていた。だから、もう、ばんちゃんの事は放っておこうと思っていた。でも、乙女心ですね~。ついさっき、忙しい中、来てくれた。来週は 100 % 一緒にいられると言いに来たんだ。
うひゃ~、うれしいけど、困ったぞ。もう、あげないと思っていたから放置しておいたんだ・・・バレンタインプレゼント。さー、明日までに仕上げないと。明日は写真クラブに一緒に行くんだ。その時に渡したいもんね。


M8.8 の地震とそれに伴う津波の恐ろしさは、想像を絶する。
被災地の人々の苦しみや困難を痛む。
ぬくぬくと平穏の中、惨事の映像を見る。
旧知の知人からも、安否を気遣う声を聞く。
何ができるわけではない。でも、気遣いは心の惨事を救う。
それが絆だ。
大学時代、四季を通して訪れた岩手県の田野畑村という懐かしい名前も、ニュースの中で聞こえてきた。
安否を探るすべもない。
こんな時には、公共機関に迅速に救援作業をしてもらうのが一番だ。
私たちは献金以外、たいしてできることはない。
でも、それが絆となる。

それにしても、とても寒い。
こんな時には、一人ではいたくない。
でも、こんな時に、私の疲労と寂しさを感じるなんて子供だな。
だから、ばんちゃんには話さない。
私たちには絆はないのか。というか、私って、弱くない?
あ、そういえば、昨日から寝てなかったんだ。
ああ、今日、この無事を感謝せよ。