月別アーカイブ: 2017年7月

アインシュタインの眉毛


1日のスタートは何で始まりますか?

「これからはアインシュタインの眉毛にしてもらえる?」

宇宙人のバンちゃんはナミナミにコーヒーを注ぐので、ポタポタとこぼれたシミの後が二階まで続きます。飲みきれない〜。

1ヶ月以上もコーヒーを絶っていたので、再開し始めたら夜眠れなくなってしまいました。もう、辞めてもいいのですが、ちょっと寂しそうなバンちゃんに付き合って朝の一杯を再開しました。彼のスタートはコーヒーを入れる事からなんです。そして一緒に飲んで今日の事を話すひと時、やっぱり大切にしたいです。でも、これからはちょっと少なめでお願いします。

これが私の朝のスタート。アインシュタインの眉毛。

 

副収入のテスト


いつも事は突然起こります。

昨日、ふと思いついて Lyft のドライバーに申し込み、車の点検とオリエンテーションに行って来ました。Lyft は Uber と同じ Rideshare コンセプトを持つ会社です。ドライバーは自分の車を使って空いている時間に運転サービスのお小遣い稼ぎができるというものです。決済は全て携帯上でされるので、現金を扱う必要は一切なしというのが運転手側にも客側にも安心できる点です。

私の車は新車ですから、当然・・・合格。その他の書類も全部揃って、目下バックグラウンドチェックをしてもらっています。2-3日したら、それも終了し、ドライバーとして仕事開始となります。最終の結果を待たずにすでにLyftのスティッカーをもらって来ました。

不安はいろいろありますが、やって見なければわからない事。韓国で大金を使ってしまったので、お小遣い稼ぎが目標です。また、なんだかムクムクと面白いビジネスアイディアが浮かんで来そうな予感がするので、市場調査も兼ねています。

これで私の仕事は3つになりました。先生業に8時間、写真家業に20時間、そしてドライバー業に16時間。1週間44時間のプランです。どれもフレキシブルに時間変更可能ですから、いい加減な私にはピッタリです。

4週間で得たもの


フェイスリフトは基本、たるんだ皮膚を引っ張るだけなので、美しい顔に変化するわけではありません。ただ、若く見えるようになるだけです。だから美形になる期待はしていませんでしたが、毎日じーっと自分の顔を見ていると、今まで見えてなかったものが見えて来ました。つまり、私の顔が美形ではない理由です。笑っちゃいますね。自分の再発見がこれとは。

顔のパーツの形や配置を調整することで美形になる。また、顎のラインがよければさらにプラス。それだけでしょうか。大きな顔にバラバラと左右対称でなく配置されている私の顔は即、失格となります。今回、それに輪をかけて鼻が横に広がり、また、上下にも引っ張られたので、鼻が上向きになり、鼻と口の間が広がってしまいました。これは予想外です。落ち着いて来たらましになるのか時間が答えてくれます。美形でない理由がまた増えてしまった・・・だから何〜?どうにかするのか・・・勿論何もしません。英語のジョークに美人とブスの違いに関するものがあります。

美人とブスの違いは何? ビールの6パック!

ビールを6本飲んだら誰でも美人に見えるというジョークです。それなら24時間ずーっと飲み続けていて欲しいです。幸せな女性が増えることでしょう。

手術の前、バンちゃんに反対されました。「どこも直す必要ない」というのが彼の理由です。「自分でお金出すんだからいいじゃん!」というのが私の反論でした。ところが、韓国に来る直前、彼が折れてくれました。「やりたいようにすればいいよ。」なぜそうなったのか・・・推論ですが、彼のお母さんの介護を献身的にしたからではないかと思います。また反対されると困るので、理由は聞いていません。彼は今の私の顔をどう思っているんでしょうねぇ?

メスを入れるフルフェイスリフトは高額だし、それなりのリスクがあるので、ただやって見たかったからでは済まされません。また、韓国でする理由がどれほどあるのかもかわかりません。アメリカに比べて安いと思いきや、そうでもありません。日本に比べても同じです。韓国でする価値は整形のメッカだけあって、医者が慣れていること。リスクが減少することでしょうか。

フルフェイスリフトをしてよかった事。(実のところ、まだわかりませんが、期待ができる事。)

  • 目の辺りがやはりよくなった(その予定)し、ホホが垂れて顔が四角くなっていたのが、再び卵形になった。つまり、若返った。10年若返ったかしら?
  • 10年、20年とこの状態が持続するのなら、やはり嬉しい。顔の手入れはほとんどしないので、今後の劣化が気になっていました。顔は2日に一度洗うぐらいだし、キャンピングの時は1週間ぐらい洗わない。洗った後は、化粧水も乳液もつけず、日焼け止めクリームを塗るだけ。
  • 費用は高いけど、毎日の手入れ代や、その他諸々の今後10年20年間の経費を考えたらそれほど悪くないんじゃないかな。あなたの1年間の顔のお手入れ代はいくらですか?
  • どうせお金を使って痛い思いをするのなら、結果がはっきり出るものがいいです。今まで試して見たものは「そう言われてみればそうかも・・・」というぐらいで実はよくわからなかったんです。

フルフェイスリフトをして後悔した事。

  • 未だに韓国ですることがベストだったかわかりません。もしもいい医者が近くで見つかっていたなら、そのオプションを選んでおいた方が良かったのかもしれません。なぜなら、術後の回復途中でのトラブルなどの対処がしやすいからです。
  • 術後2-3週間の回復期の過ごし方をもう少し考えておくべきでした。体調そのものもですが、精神的にもとーっても辛いので、じっくりと長編小説を読んで気を紛らわすとか、フェイスリフト仲間とチャットするとか。
  • 費用は全部で車が一台買えるぐらいのお値段ですから、やはり、貯金とじっくり相談する必要があります。私はこれから貧しくなります。ファイナンシャルプランナーに相談しなくては!
  • 後悔はしていませんが、一年経った時の自然な顔という結果が未知数なだけに期待と不安が入り混じってます。鼻の下、右目の下、回復できるのか・・・

総括:いつも無謀と言われます。今回も言われました。術後2-3日は自分でも後悔しました。でも、4週間がたった今、やはりして良かったです。忍耐力を試すいい機会でもありました。

さて、最後に術前、術後の4週間分の写真を一気にビデオにてご披露いたします。質は携帯レベルでモデルの質も耐え難いですが、4週間の変遷はわかると思います。また、まだ回復途中ですので、さらなる1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後、一年後もその都度アップする予定です。ご声援、ご期待ください。

回復劇のドタバタ


今回は帰米後から現在までを書きます。
ホテル滞在中は洗濯サービスが時折来て、玉手箱をもらったような気分。
友人から頂いたフェイシャルグッズのプレゼントも予期しなかった玉手箱。
一気に年寄りになってしまう浦島太郎の玉手箱じゃなくて、一気に若返る玉手箱でありますように!

長〜い、10時間以上の飛行機の旅が終わり、入国審査へ。
グリーンカード保持者(永住権保持者)の私は少し緊張します。なぜなら私のグリーンカードはまだ有効期限なしの昔のカードだからです。前回の入国審査の時、10年間の期限付きグリーンカードに申請し直すようにと言われていました。
ついに私の番。一応の質疑応答の後、「こんな古いんじゃ、あなたの顔と比べてもわからないじゃない!?」
整形手術をしたことは言わないほうがいいとバンちゃんに言われていたので、ぐっと飲み込んで、おとなしく黙っていました。そうよね、30年以上前のものなんだから。
なにやらタイプしていたようですが、何の説明もなく別室行き。長〜い間待たされた挙句、今回も説明なしで解放されました。何だか腑に落ちませんが、入国審査官には逆らわない方がいいというのが鉄則なので、ヒュ〜。良しとします。

2ヶ月経ったら証明写真類は全て作り変えよう!

帰国後翌日、第一番目の難関を迎えました。日本語のクラスの授業です。生徒になんと説明しよう・・・
仕方がないので、予告のメールを出し、授業が始まる前、サラっと話してしまいました。
みんないい生徒たち。大人ですから少し笑って、それだけ。

火曜日と水曜日はバンちゃんのお母さんを連れて病院。皮膚が横に引っ張られているので、鼻が低くなっているようです。その為、サングラスが鼻に引っかからず、ズルズル落ちまくり。もういい加減嫌気がさして来たので、水曜日付けでサングラス卒業宣言をしました。

木曜日、ダンスの練習開始。まだインストラクター以外とは話をしていません。内気な私というか、説明するのが面倒くさくて顔をあわせたくないんです。
しかも、時折襲ってくる頭の前方斜め上の頭痛。リフトして固定している部分なのかな。やはり、あまり動かないほうがいのかもしれません。痛さをこらえ無表情、加えてあまり気合を入れてないので、バンちゃんは半分怒ったように「どうしたの?」と聞いて来ます。わかってくれ、この辛い状況。

8月5日にはショーケースが迫って来ます。あと2週間しかないので、レッスンを三倍にして12時間分の予約を入れました。喧嘩をせず、無事にマスターできるか。。。そして、私の4週間後の顔、いい加減、もっとマシになっていてよね!

ちょうど3週間を迎えた時、なかなか取れなかった目の縁のかさぶたが取れました。

傷口を塞いでいた医療接着剤も少しずつ剥がれて来ています。首、目の周り、チークのアザもあまり目立たなくなって来ました。時間が経てば、本当に回復するんですね!

  1. 明日、4週間経ちます。そんな中、2点問題があります。
    目の中の瞳を囲む白い部分の表面が膨らんでいます。だから黒い瞳が陥没しているような感じ。JJを通して質問してますが、まだ返事が来ません。そこで、友人Kにその事を話したら、「そんな経験あるよ〜!」と言われ、期待が膨らみます。薬局でアレルギーの薬を購入してつけ始めたら膨らみが治まって来ました。まだ完全じゃないけど、効果があったと言っていいでしょう。
  2. 右目の右下のあたりがまだ腫れています。水分がたまっているような気がしないでもありません。もう少し様子を見てもいいのですが、一応JJにテキストを送ってみようと思います。返事してよね、JJ!

明日、このポストの最後を締めくくって、携帯で撮り続けた私の顔の変遷をご紹介して終わりとします。ご期待ください!

 

回復へ時間とのにらめっこ


今回は帰米するまでのホテルでの1週間ちょいの話です。

病院では「2週間経ったら大丈夫、目は3週間」と言われ続けて来ました。
ここまで来たら、そんな呪文言葉を信じるしかありません。

はーやく来い来い、3週間~!

朝ごはんは30階のラウンジで。そのままコンファレンスに参加して一日をスタートさせるのがバンちゃんの出張中のルーティンでした。私も手術前の二日間は関係ないのに他の同僚とコンファレンスにも参加していました。ナイショね!

手術後、同僚にも何回も誘われながらどうしても30階には行けなくて、バンちゃんのお食事サービスとなりました。何しろまだあまり食べられないので、フルーツとヨーグルトと食パン一枚のみが朝と昼ごはん。夜も、大差なし。この時点で、体重計があったら、きっと100ポンドを切った数字を見ることができたでしょう。(残念なことに、その後、食欲も増して元気になると同時にぷくぷくして来てしまいました。)

ここでおさらいです。退院する時にしてはいけない事、していい事をいくつか言われました。

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  • 2-3週間は枕を4-5枚重ねて高く、絶対に仰向けで寝ること。
  • 刺激のある辛い食べ物、コーヒーなどの刺激のある飲み物、酒類は1ヶ月禁止。
  • 激しい運動は1-2ヶ月禁止。
  • 髪染め、ヘアカットも1ヶ月禁止。
  • あまり激しくない散歩は1日に3回を推奨。
  • 渡された抗生物質は全部飲みきること。使い切ること。
  • 顔のマッサージは2ヶ月間禁止。
  • シャワーをし始めていい。
  • 抜糸した後に切り傷をカバーする接着剤は自然に剥がれるまで絶対に剥がしてはいけない。

この中で一番苦しかったことは仰向けで寝ることです。尾骶骨が痛くて・・・

また、この時期の一番辛かったことは、見られることでした。赤や黄色のアザも残っているし、腫れています。縫いこめられた跡が耳の周りにブラックジャックのようにクッキリと出ているし。目の周りは特に変。

エレベータの中。ふっと顔の向きを変えると人の目がサッと逸らされるのがわかります。
あー、見られていたんだな。不気味な顔。興味津々ではあるけど、どうしたらいいかわからず目をそらしてしまう心理、わかります。ただ、そうされる側に初めて立って見ると、辛い。身体障害者に一時的になったような、そんな感覚でもあります。大人に比べると、子供たちは隠しません。じーっと見つめます。どっちも嫌です。

今まで一度も感じたり、考えたことがなかった貴重な体験。羨望の眼差しと違い、負の視線はどう対処したらいいのでしょうか。アカの他人、エレベーターを出たら忘れちゃう、そんな一時のこと。私が気にしなければいいだけ。分かっていてもまだ慣れなくて、必要以外、部屋から外に出られませんでした。また、立場を逆にして、私のような顔を見せられた側にとっても困っちゃう。こういう場合、多分、これがベストシナリオの行動かもしれません。見ていたなら目をそらさず、目があったらニコッと笑うのがいい。更にできることなら「どうしたの?」なんて言葉をかける?ま、それは かなりエネルギー要るから期待はできませんが。

帰って来てから1週間の私の行動:ホテルの地下のフィットネスクラブに2回、ホテルから地下を通して直結しているショッピングモールに1回、JKに抜糸をしに2回。それだけ。

部屋に籠り切りの私を見かねて、ある夜、バンちゃんがDongdaemun の辺りに連れて行ってくれました。同僚に勧められたとのことでした。夜の空気、地下鉄の人々の様子、街の風景、やはりスッキリします。バンちゃんにはもちろんのこと、ホテルのスタッフ、同僚、みなさんに感謝です。色々な人に支えられて生きていることが実感出来る時でした。

術後12日目の金曜日、最後の抜糸をしました。全てチェックして問題なし。これでアメリカに帰れるよとの判を押され、途端に元気になった時に撮った写真です。また会うことがあるのでしょうか。ちょっと寂しい。

JJ に「実際のところ、何日あったら普通に戻るの」と二人だけの時、聞いてみました。「2ヶ月。1年待たないと自然に見えないけど、2ヶ月でほぼわからなくなるよ。」なるほど〜、そうだよねー。これを書いている今、3.5週間経ちましたが、まだ時折の頭痛に悩まされ、ボトックスを顔全体にしてるみたいに感覚なくて顔の表情をまだ作れません。うーん、あと1ヶ月以上もあるよ〜。

その週末、私たちは釜山に住む友人に会いに行きました。彼女こそがJKを紹介してくれた人。お礼方々訪問です。観光するわけでもなく、ただ海岸をのんびりと歩いて近況報告をしました。こんな風にして韓国滞在2.5週間は過ぎて行ったのでした。

回復への祈り


個室に移動後、一人の静けさの中落ち着くこともなく頭痛、吐き気が続きます。
ここでの3日間は、全ての工程の中でも最悪で一番苦しい時期。何かしたくても、頭痛と吐き気で何もできない状態。うんざりしていても、どうすることもできない。それに尽きます。祈るような気持ちで1秒1秒を過ごしました。

突然ですが、恐ろしい写真の前の休憩タイム。
日本と韓国、微妙に違うけど分かり合える感性があります。

手術直後からずっとアイスパックで顔の周りを冷やし続けています。
その為にお世話係りのお姉さんたちに4時間ごとにアイスパックを交換してもらいます。感覚がないので、氷のように冷たくてもあまり感じませんが、それでも苦しい作業です。

歩き回ってもいいんだよとDr. Bae に言われましたが、あまり歩けません。
頭痛がひどく点滴を再開。
食事を運ばれても、匂いを嗅いだだけで食べられないんですね。
定番カボチャのお粥とか、韓国のお粥。
昔、大ちゃんを妊娠中、ご飯を炊いている時の匂いで吐き気がした時のことを思い出してしまいました。
そんな状態だから当然です。血糖値がぐっと下がり、再び点滴。
幸い、お世話係のお姉さんも看護婦さんも昼夜関係なく飛んで来てくれるので安心です。

2日目の夜にバンちゃんにメールでまだ戻れないと報告。

3日目、血液採取の菅がもう一本取れました。
Dr. Bae に頑張って歩きなさいと叱咤され、点滴バッグをカラカラ転がしながら少し歩き始めました。

そんな時に知り合ったカナダから来た女性。目の調整をしたとか。
今回が2回目だそうで、もう慣れたもの。バンバン綺麗になって男が振り向くようにしておかないと損よ。楽しまなくちゃ〜。なんて言ってました。退院したらシンガポールで妹と合流して、オーストラリアでしばらく過ごすと言ってました。私とは桁違いのライフスタイル。

若い女の子は中国人。お母さんの付き添いで一緒に泊まってました。お母さんとは一度も顔を合わせませんでしたが、女の子とは少しだけ片言英語で会話。顎を削る手術をしたそうです。なんだか私より、ずっと痛そう・・・

3日目の夜もまだ戻れそうもないとバンちゃんにメール。

彼はさすがに驚いて、夜9時過ぎに訪問してくれました。初めて私の顔を見た時の彼の顔。私の方が驚くほどショックを受けているようでした。早くホテルに戻っておいでと言われても、まだ血液採取の菅が付いてます。それが取れたらね、ということで帰ってもらいました。

4日目の朝、ついに血液採取の菅が全部取れました。やった〜!
でも、まだ気持ち悪いくて、ストロベリーシェイクが唯一の食事でした。
そして便秘。手術前からずっと通便なし。薬をもらってようやく解消。
外の空気を吸いに一人で屋上に出ました。う〜む、ソウルの空気は美味しくない。梅雨の頃でもあるためか、重くて、おかゆとキムチが混ざったような匂い。吐き気が再び襲って来ました。
灰色の空を見上げ「こんな所で何やってんだろう。本当に私ったら思いつきでこんな事しちゃって」と後悔の涙。
一体いつ退院できるのかわからず不安が募るばかり。。。久しぶりの深い不安感。
イカン、イカン!ポジティブに考えなければ!と言い聞かせ、灰色の空とおかゆキムチの匂いから早々に退散しました。

この日の夕方、なんと、シャンプーをしてもらいました。術後の患者さん用にトレーニングを受けている人だそうです。あまり感覚がないのでよくわかりませんでしたが、ちょっと気分が晴れました。

どうやら他の患者さんたちは長期の入院をしているようです。
彼らは入院とは呼びません。
私の個室も含めて病院附属のホテルと呼ばれています。手術をする人たちは多分、ホテル代がかからないんです。だからだと思います。みなさん結構元気で、普通の服を着て外に買い物に出たりもしていました。2週間いる人たちは、2週間分タダになるのでしょうか。
チェックアウトした時には30ドルぐらいの雑費代を払っただけでした。

5日目の朝、Dr. Bae のチェック。そして、目の周りの抜糸。状況確認をしている時に土曜日で仕事がなかったバンちゃんが部屋に入って来ました。Dr. Bae は丁寧に説明を最初から全部しなおしてくれて、全員合意で午後4時ごろ退院できました。(JKホテルのチェックアウトというべきでしょうか。)

帽子を深くかぶり、サングラスをしてホテルへ帰還。
JW Marriott はそれなりに高級ホテルのカテゴリーに入ります。ロビーラウンジには無数の人がくつろいでいますが、そこを通過してエレベーターで25階に着くまで約5-10分。初めて人前にさらけ出す自分の顔。帽子とサングラス付きでも、なんといったらいいんでしょうか。非常に罪悪感に近い恥ずかしさ。それが苦しかった。

2524号室。一歩足を踏み入れた時に嗅いだシーソルトの香り。帰って来て良かったと思いました。早速携帯カメラではなく、一眼レフで撮ってみました。

黄色と赤い所はあざ、そして注射の後。流石に鮮明度が違ってよく見えます。
確かに頬のあたり、ふっくらと、腫れているような。でも、垂れ下がってはいません。
横に引っ張られているので、目と目の間隔が広がり、鼻も広がっています。また、下にも引っ張られているので、鼻と口の間が広がっているように見えます。これも、時が経つうちに解消される・・・と、期待します。

回復への道 – スタート


リカバリールームで目が覚めた時、体全身に感覚がなく、それでも私以外に元気じゃない?なんて思ったのもつかの間、最初の食事を取った後ぐらいから体調が悪くなります。

突然ですが、ちょっと休憩。ショッキングな写真の前にネ!
Gyeongbokgung 景福宮を訪れた時のショット。若い女の子たちのチョゴリ姿は可愛い。

リカバリールームに何人いたのかな。3人ぐらいかな。でも、皆さん元気で、訪問客などの出入りも多く、中国語や韓国語、時折英語が飛び交っています。看護婦さんたちも要求の多い患者に走り回りまくり。私はバンちゃんに心配かけたくなくて、「2日後にホテルに帰ってくるから大丈夫。」と言って出てきたので、一人、静かにしていました。というより元気が無くて、看護婦さんとDr.Baeが様子見をしにくる時以外は半分眠っていたのかもしれません。

看護婦さんに携帯を個室に取りに行ってもらい、そして撮ってもらった最初のショット。ほとんど目が開けられず、包帯でグルグル巻きされてます。血液採取の管が3本ついてます。
寝苦しい一夜。頭を下げず寝なければいけないので、翌朝までに尾骶骨が痛くなっていました。念のため、英語が話せてお世話をしてくれる人を1日お願いしましたが、(約100ドル)その必要は全くありませんでした。朦朧とした中、指示されるままになっていたからです。
いつこうなったのかも知らない1日目、もしくは2日目の朝。
口もほとんど開けられない状態です。また、注射の跡がポツン、ポツンと7箇所ぐらい見えます。

ところで、看護婦さんサービスはすごいです。ボタンを押すと、10秒以内に駆けつけてくれます。それに比べるとアメリカの看護婦さんは10分待っても来てくれない時の方が多いですね。文化の違い?それともJKサービスの良さ?はたまた、コスメの世界と一般医療の違い?

このリカバリールームには2日目の昼まで。点滴と尿バッグが取れて、血液採取菅も一本取れました。よしよし、もう、危険な時期は過ぎたようです。その後、個室に移動することができました。
明日からは、個室での生活、ホテルに戻るまでを書きます。